本ブログでは、過去に執筆した記事・論文の中から、今でも有益だと思われる情報が盛り込まれているものについて掲載したいと思います。
今回の記事は、1年半ほど前、「会社法務AtoZ(2019.8)」(第一法規)の特集記事として掲載されたものです。
コロナウイルス流行前に執筆したものではありますが、このときに考えていたことというのは、まさにコロナ禍において通ずるものがあると考えています。
「外的要因の変化に強い企業になるためにはどうしたらよいのか」という観点から読み進めていただき、改めて会社の方向性を見つめ直すきっかけとしていただけましたら幸いです。
Ⅰ.はじめに
2018年、貿易不均衡を巡って交渉を続けてきた米国と中国が、ついに相互に追加関税措置を発動し「米中貿易戦争」が顕在化することになったのは、記憶に新しい。両国間では、その後も追加関税と報復関税の応酬が繰り広げられている。
本稿では、米中貿易戦争を巡る日本企業の動きなどから、中小企業を含む日本企業の今後の課題について検討していきたい。
Ⅱ.米中貿易戦争の背景とポイント
米中貿易戦争の背景には、米国が従来から問題としてきた膨大な対中貿易赤字、これに関連して指摘された中国による強制的技術移転や産業補助金の問題、そして、中国への知的財産や情報の流出と安全保障に関わる米国の懸念といった、様々な事情が存在するといわれている。また、一連の争いについては、まさにハイテク産業における米中間の覇権争いであるとの見方もなされているところである。
1.中国10か年計画「中国製造2025」
人件費の上昇で製造業を中心とした発展モデルが行き詰まりを見せていた中国は、2015年5月、10か年計画「中国製造2025」を発表した。この計画は、2025年までにハイテク分野10大産業における製造業のレベルを引き上げ、さらには、この10大産業の発展を製造業全体の効率や水準の向上へと繋げることで、2049年までに世界トップレベルの製造強国となることを目指すものであり、中国にとって重要な経済政策となっている。
「中国製造2025」のハイテク分野10大産業 |
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1 | 次世代情報技術(半導体、次世代通信規格) |
2 | 高性能デジタル制御工作機械・ロボット |
3 | 航空・宇宙設備(大型航空機、有人宇宙飛行) |
4 | 海洋エンジニアリング・ハイテク船舶 |
5 | 先端的鉄道設備 |
6 | 省エネ・新エネ自動車 |
7 | 電力設備(大型水力発電、原子力発電) |
8 | 農業用機材(大型トラクター) |
9 | 新素材(超電導素材、ナノ素材) |
10 | バイオ医薬・高性能医療機器 |
2.米国による対中制裁とこれに対する中国の応酬(米中貿易戦争)
中国は、「中国製造2025」の実現に向けて急速にその技術力を上げる一方、世界貿易機関(WTO)においては依然として「発展途上国」として優遇を受け、WTOルールに違反している疑いがあるとされる産業補助金の支出も続けてきた。また、中国への強制的技術移転問題が批判にさらされる中、ハイテク技術が組み込まれた中国製品が国際的にシェアを拡大していくに伴い、中国製品による情報漏洩や安全保障上のリスクが囁かれるようになっていった。
このような数々の問題点を取り上げ、2018年以降、米国は、中国製品に対し追加関税措置を発動し、中国側もこれに対抗して米国からの輸入品について関税率を引き上げ、米中貿易戦争は拡大していった。
その中で、米国は、2018年8月、「米国輸出管理改革法(ECRA)」を制定し、「新興・基盤的技術(emerging and foundational technologies)」のうち米国の安全保障にとって重要なものの輸出を規制した。これは、「エンティティ・リスト」(米国の安全保障上懸念のある外国企業を列挙した禁輸対象リスト)に登録された企業への対象技術の輸出が事実上禁止されるというものであり、2019年5月には、中国通信機器大手の華為技術(Huawei)がその対象として指定されたところである。外国企業であっても、米国由来の技術をこれらの禁輸対象企業に再輸出する場面においては、ECRAの影響を受けることがある。なお、中国側においても、米国に対抗する形で、同様の輸出規制を設けることが検討されている(本稿執筆時現在)。
3.強制的技術移転問題を巡る中国側の対応
従来から指摘されていた、外資企業から中国への強制的技術移転問題については、中国側が法律法規の制定ないし改正によって対応を見せている。
2019年3月15日、「中華人民共和国外商投資法」〔主席令第26号〕が成立し、2020年1月1日にその施行が予定されている。ここでは、外国投資者又は外商投資企業の知的財産権が保護されることが明記され、外商投資の過程で行政機関やその職員が技術譲渡を強要することを禁止する旨の条項が盛り込まれている(外商投資法22条)。
その直後、2019年3月18日には、改正「技術輸出入管理条例」と改正「中外合弁企業法実施条例」が「国務院が一部の行政法規を改正することに関する決定」〔国令第709号〕において発布されたが、この改正によって、外国投資者側から中国側への強制的技術移転を認める根拠となっていた条項(強制的技術移転関連条項)が、いずれも削除された。
これらは、従来、日本企業が中国企業と取引を行う上での重大なリスクとして強く指摘されてきた条項である。中国企業が自らの技術レベルを向上させていくに伴い、強制的技術移転関連条項の意義が低下するのはそもそも時間の問題ではあったが、これらが削除されたこと自体は、日本企業にとって中国企業との重大な取引リスクの一つが取り除かれたものと位置づけてよいであろう。
旧「技術輸出入管理条例」における強制的技術移転関連条項 |
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24条3項 | 技術の受入側が供与側の供与した技術を契約の定めに従って使用し、第三者の合法的権益を侵害した場合、供与側が責任を負う。 | |
27条 | 技術輸入契約の有効期間内において、技術改良の成果が改良側に属する。 | |
29条 | 技術輸入契約において、「不当な」制限条項を設けることが禁止される。 | |
禁止される「不当な」制限条項 | 受入側に技術輸入に不可欠でない条件を付加する条項 | |
有効期間が満了し又は無効である特許権に関し、受入側に使用料を要求し又は義務の履行を求める条項 | ||
受入側に技術の改良や改良技術の使用を制限する条項 | ||
受入側に、他の供給先から類似又は競合技術を取得することを制限する条項 | ||
受入側に対し、原材料、部品、製品又は設備の購入ルート又は供給先を不当に制限する条項 | ||
受入側に製品の生産数量、品種又は販売価格を不当に制限する条項 | ||
受入側に対し、輸入技術を利用し生産した製品の輸出ルートを不当に制限する条項 | ||
旧「中外合弁企業法実施条例」における強制的技術移転関連条項 | ||
43条2項4号 | 合弁企業が締結する技術移転協議書の期間満了後も、技術輸入側は当該技術を継続使用する権利を有する。 |
Ⅲ.米中貿易戦争を巡る日中企業の動きとその影響
1.日本企業の動き
一部の日本企業は、長引く米中間の貿易戦争により、すでに直接的な影響を受けている。必要な部材を米国から事実上調達できなくなった中国企業が日本企業への発注量を増やしたいと申し出たかと思えば、米国からは中国関連事業の切り離しを要求される。
また、多くの日本企業が、米中による追加関税措置の煽りを受けて、生産拠点の移管、調達先の変更、部品の内製化等、サプライチェーンの見直しを迫られている。生産委託先の育成に時間がかかるなど、このような対応が難しい場合には、販売価格を上げて増加した関税コストを転嫁せざるを得ないこともあろう。
三菱電機がすでに米国向けに輸出する工作機械の生産拠点を中国から日本へと移管し、丸紅も中国向け穀物輸出事業を縮小する方針を表明するなどしたことが報じられているところである。
2.中国企業の動きとその影響
米中貿易戦争の影響によって、中国企業には、中国国内からベトナムを中心とする東南アジアへと、その生産拠点を移管させる動きが見られる。
米国向け輸出割合の高いポリエステル大手の浙江海利得新材料(Zhejiang Hailide New Material)がベトナムに、タイヤメーカーの江蘇通用科技(Jiangsu General Science Technology)がタイに、それぞれ、2018年のうちに一部生産を移管することを決定している。
中国国内の人件費高騰も相俟って、中国企業によるこのような動きは今後も加速していくものと考えられるが、中国企業に部品を供給する日本企業も、納入先の切替えや契約の打切り等、間接的にその影響を受けることになろう。さらにそういった日本企業と取引を行っている日本国内の中小企業も、その影響を免れることはできないであろう。
また、中国では、一部動き出す者があれば他も間髪を入れず追随するという一般的特徴があることを踏まえると、日本企業への影響もさらに拡大していく可能性がある。
3.サプライチェーンの見直しとリスク
対応を迫られる中でやむを得ずサプライチェーンを見直さざるを得ないという場合、自らのペースでこれを決定し実行する場合と比べると、そのデメリットは大きい。
対応を急ぐあまり、生産拠点の移管先となる国の事情や法制度について十分な調査・検討を行わないまま進出を実行し、また、相手側の情報を十分に得ないままパートナーシップを組むなどすれば、日本企業は、潜在的に大きなリスクを抱えることになる。
調達先を切り替えるにしても、そのタイミング次第では既存調達先に対して違約責任を負う場合があり、現地法人を清算するにしても、多大な時間と費用を要することになる。
そして、中小企業にとっては特に、的確な判断のもと素早く実行に移すというのは、現実的にハードルが高いであろう。
(参考URL)
■国务院关于修改部分行政法规的决定(国令第709号)_政府信息公开专栏 (www.gov.cn)
■中华人民共和国技术进出口管理条例_2019·1 增刊国务院公报_中国政府网 (www.gov.cn)
■中华人民共和国中外合资经营企业法实施条例_2019·1 增刊国务院公报_中国政府网 (www.gov.cn)
・・・後編に続く・・・