ベトナム総領事館の領事に対して贈賄が行われたとの報道

2020年6月11日の日経新聞で、

三重県警は、6月10日、在大阪ベトナム総領事館の領事に対し、証明書の不正発行を求める趣旨で現金を供与したとして、不正競争防止法違反(外国公務員への贈賄)の疑いで、ベトナム人(自動車修理販売業)を逮捕した

という報道がありました。

報道によれば、被疑事実は、2019年5月28日と同7月9日の2回、不法残留者のベトナム人と短期滞在者のベトナム人から依頼され、外国人が日本で結婚するために必要な証明書や結婚証明書を発行してもらうために、在大阪ベトナム総領事館の領事に対して現金計14万円を供与したということです。

今回は、この報道を踏まえて、外国公務員贈賄罪について簡単に説明したいと思います。

外国の公務員に対する贈賄を禁止する法律

外国公務員等に対する贈賄の禁止については、不正競争防止法が規定しています。

日本の刑法にも贈収賄の罪が規定されており、こちらには収賄の主体は「公務員」となっています。ここにいう「公務員」は「国又は地方公共団体の職員その他法令により公務に従事する議員、委員その他の職員」ですから(刑法7条1項)、外国の公務員は含まれません。ですので、外国の公務員に対する贈賄については、刑法が適用されるのではなく、別途、不正競争防止法で規制されています。

不正競争防止法は、「事業者間の公正な競争及びこれに関する国際約束の的確な実施を確保するため、不正競争の防止及び不正競争に係る損害賠償に関する措置等を講じ、もって国民経済の健全な発展に寄与することを目的」とする法律です(同法1条)。基本的には、知的財産法や経済法の領域を規律している法律であり、典型的にはブランドや営業秘密の保護を目的としています。

外国公務員等に対する不正の利益の供与等の罪(同法18条)は、国際商取引における外国公務員に対する贈賄の防止に関する条約(OECD条約、1997年)を受けてその翌年の法改正の際に新設されたものです。もともと不正競争防止法は雑多な内容の法律ではありましたが、規定としてはそれでも他の規定と比較して浮いて見えるのではないでしょうか。(この点について、経済産業省は「競争手段の不正さに着目」した旨説明しています(外国公務員贈賄罪Q&A-Q2参照)。)

どのような意味を持つ報道なのか

不正競争防止法18条の規定を具体的に見てみます。

(外国公務員等に対する不正の利益の供与等の禁止)
第十八条 何人も、外国公務員等に対し、国際的な商取引に関して営業上の不正の利益を得るために、その外国公務員等に、その職務に関する行為をさせ若しくはさせないこと、又はその地位を利用して他の外国公務員等にその職務に関する行為をさせ若しくはさせないようにあっせんをさせることを目的として、金銭その他の利益を供与し、又はその申込み若しくは約束をしてはならない。
2 前項において「外国公務員等」とは、次に掲げる者をいう。
一 外国の政府又は地方公共団体の公務に従事する者
(以下略)

まず、在大阪ベトナム総領事館の領事は「外国の政府〔…〕の公務に従事する者」(法18条2項1号)に該当し、「外国公務員等」にあたります。また、当該領事の職務は公的な身分関係の証明書の発行でしょうから、結婚証明書等を不法残留者と短期滞在者向けに発行させることは「その職務に関する行為をさせ」ることになり、これを目的としているといえます。さらに、報道中の警察関係者の見込みを前提とすれば、現金計14万円という金員を当該領事の金融機関の口座に振り込む方法により「金銭」を供与したといえます。ここまではわかりやすいでしょう。

これに対して、「国際的な商取引に関して」、「営業上の不正の利益を得るために」といえるかどうかについては、曖昧な部分があります。

営業上の不正の利益」とは、事業者が営業を遂行していく上で得られる有形無形の経済的価値その他の利益一般で、公序良俗又は信義則に反するような形で得られるようなものをいうとされています外国公務員贈賄罪Q&A-Q4経済産業省は、その例として、取引の獲得、工場建設や商品の輸出入等に係る許認可の獲得などを挙げている一方、販売目的のためものではなく現地において自らが生活するために最低限必要な食糧の調達のための便宜などは「営業上の利益」にならない可能性があるとされています。

本件で「利益」にあたるものは、身分証明書の獲得です。これは用途にもよるかと思いますが、報道にあるとおり他人に頼まれて行ったものであることに鑑みれば、少なくとも被疑者が個人的に最低限の生活を営むために行ったものとは考えにくいでしょう。

国際的な取引」とは国境を越えた経済活動に係る行為を意味しており外国公務員贈賄罪Q&A-Q8、営利を目的として反復継続的に行われることが必要です。個人的な事情から単発的に証明書類の不正な発行をさせただけでは、この要件は充足されないと思われます。報道では、被疑者は2020年3月に入管難民法違反(不法就労助長)の罪で懲役1年6月、罰金150万円の判決を言い渡し、服役中だったとされています。もしかしたら、捜査機関の側は、不法残留者・短期滞在者や彼・彼女らを雇う人物からお金を取って不正な証明書類を渡すようなビジネスをしていた(しようとしていた)ということかもしれません。つまり「ベトナム人不法就労ビジネス」だと考えている可能性があるということです。(その後、申請の代行業が行われていたという類似の事件が報道されています。)

もっとも、本件は現在捜査中の事案であり、現在確認できる報道内容からは、実際のところどうなのかという点は不明です。

このようにして、現実のニュースから想像であれこれ法律的に考えてみるのも面白く、勉強になるかもしれません。

報道の事例自体はあまり身近でないと思われるかもしれませんが、この外国公務員等贈賄罪(不正競争防止法18条)は、国際ビジネスをする上でも重要度の高い、要注意の規定です。

<Shota Hiratsuka / Maki Shimoji>